脱毛
脱毛なんて人ごとだと考えていたのが急に身辺にふりかかってきたのは、上京してわずか3か月のことだった。とはいっても脱毛したのは私ではなく夫であったのであるけれど。
自営業である私の手伝いをしながらサラリーマンをしていた夫は、自分の力と会社の将来を天秤にかけてヘッドハンティングを受けた。上京して新たな出発をしたのは彼もそうだったが私の仕事量も一変したのだ。一人でやるにはどう考えてもさばき切れない仕事が舞い込み始めた。いきなり外注する先を知るすべもなく受けてしまった仕事量の多さは、自然と主人にも影響を及ぼし始めた。
慣れない仕事をこなしながらも、帰宅すると家業が待っている生活。ヘッドハンティングされた身ではサラリーマンとしても高いスキルと問われるのは当然のこと。
彼の苦行は一か月も経つ間もなく始まったのである。
ある日、彼が椅子に腰かけて新聞に目をやっている後ろ姿を眺めていて、頭部の異変に気づいた。
まさに50円禿げとはこのことかと。円形脱毛症の原因は火を見るも明らかだった。「お医者さんに行く?」と聞けば「イヤ、ええわ。」そう答えた主人は日を置くことなく、会社を退社してきた。そして二人三脚の自営業が始まった。